最後の桜開花宣言(舞鶴市)と福岡市・桧原桜

舞鶴海洋気象台舞鶴市下福井)が3月末で業務を終了するの
に伴い、サクラやイチョウなど11種類の気象観測用植物が撤
去されることになった。


管理する職員がいなくなることなどが理由で、40年近くサク
ラの開花宣言の指標となったソメイヨシノも伐採される。
気象台は舞鶴港湾合同庁舎に移った1974年7月、駐車場西
側約240㎡にソメイヨシノやツバキ、ウメ、ツツジなど季節
の樹木や草花を栽培する庭園を設置。


毎年、開花や紅葉時期を確認し、舞鶴の季節の変化を記録して
きた。


しかし、気象台は今年9月末の廃止が決まり、10月から海水
温の分析などを行う「日本海海洋気象センター」に改編される。


4月には気象観測が大阪管区気象台に移管され、舞鶴での業務
は実質的に終了する。


職員は現行26人から10人以下に減り、植物を管理する職員
もいなくなるため、伐採を決めた。


庭園には75年以降、桜の開花宣言の参考にしてきた標本木の
ソメイヨシノがある。


樹齢は不明だが、庭園設置時に植えられ、高さ約8メートル。
25日には職員が5輪ほどの開花を確認し、最後の開花宣言
行った。


同気象台の真木敏郎観測予報課長は「撤去時期は未定だが、庭
園管理には草刈りや枝切りが必要で、人員の余裕がない。
世話になった草花を伐採するのは残念だがやむを得ない」とし
ている。


今日の上記報道に接して、ここで我が故郷の福岡市南区桧原桜
(ひばるさくら)の紹介をしておきます。


それは福岡市南区桧原というところにある数本の桜の物語です。
昭和59年3月の事でした。


車の離合も困難な狭い道の拡張の工事のために、枝一杯に蕾を
つけたままで1本の桜が伐られました。


翌朝暁、桜の幹に命乞いの色紙がかけられていました。

花守り 進藤市長殿
  [花あわれ せめては あと二旬 ついの開花を 許し給え]

伐採を請け負った業者さんは、せめて桜が散るまでと、他の桜
を切るの待っていました。
そして、花を惜しむ歌や句が、 次々に檜原桜にかけられました。
そのなかに、
  [桜花(はな)惜しむ 大和心の うるわしや とわに匂
   わん 花の心は] (香瑞麻)

の一首があって、当時の筑前の花守り、進藤一馬福岡市長の返
歌と知れました。


花心をうたった短歌に当時の福岡市長が返歌を寄せ、又土木部
も施工計画を変更する粋な計らいで「桧原桜」は『終の開花』
を許されたのです。 


あれからもう20数年、今年も花は満開です。
いかがですか?この歌心否遊び心、ギスギスしさも無く、情緒
溢れるこの福岡の風土。
来福の織には、是非必見すべきでしょう。






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